はじめに
みなさん、こんにちは!今日は、野球界で今最も注目されている選手、大谷翔平選手についてお話しします。大谷選手は、投手としても打者としても活躍する「二刀流」の選手として有名です。彼の活躍は、野球のルールを変えてしまうほどすごいんです!
Let’s go shohei. -my opinion-
最初のころは名門石巻東から出てきた投手もできて打席にも立てる大物という位置からの出現。
高卒後はメジャーに挑戦するかNPBに入るかで栗山監督に引き留められて日本ハムファイターズに入団。当時は超高校級投手藤波君と一緒に出てきたので注目度も大きかった覚えがある。
日本ハムファイターズ入団後、大谷君に関しては投打二刀流ってそんなことがプロ野球で通用するのかすごく関心があった。
入団初年度、2年目である程度投打ができていた。
なるほど期待を裏切り投打においてどちらもプロで通用してしまった。
オールスターにも選出されてホームラン競争優勝とかしていた。
もうすでに二刀流で投打トップクラスであることが分かった。
いつだったかジャニーズの二宮和也氏が「嵐にしやがれ」という番組だったと思う。
大谷君に野球では勝てないから野球ゲームでぼこぼこにしてやろうというテレビ企画があった。
興味深く拝見させてもらったら第一回戦二宮和也氏優勝!(当然やりなれてる二宮君とあまりやったことがない大谷君)。
ここで終わらないのが大谷君で、
すごく悔しかったのか猛練習して第二回線大谷翔平氏優勝!リベンジマッチで逆に二宮君を野球ゲームで「ボコボコ」にしてた記憶がある。なかなか面白いエピソード。
とても負けず嫌いな大谷君らしいエピソードだなと思ってこれが大谷君の本質だなと感じた。
なので今年最初には水原一平通訳の野球賭博事件とかあったけど、まわりは疑惑に目を向けられてたけど、私はただ巻き込まれただけだと想像していました。 調査結果を見てみればすべての行為は水原氏のもの、大谷君はただの目を輝かせた野球大好き少年なだけでした。 いまでもお金のことは野球の次に大事(1000等身差位ありますけど)ぐらいにしか思ってないと思います。
NPBで二刀流成功後、
24歳くらいからLAA(ロサンゼルスエンゼルス)メジャーに挑戦。 当時は投打の二刀流なんでNPBはリトルリーグみたいなところだから通用するんでアメリカのメジャーは通用しないよね? という風潮
ここから大谷君の覚醒と負けず嫌いの戦いが始まりました。
初年度から米野球解説者達の予想を上回り
104試合(代打22試合)に出場、打率.285、22本塁打、61打点、10盗塁。投手としては10試合に先発登板し4勝2敗、防御率3.31の成績を残し、MLB史上初の「10登板、20本塁打、10盗塁」と
上々の結果を出しメジャーでも通用することを証明した。
次の年も大活躍して二刀流が通用することの証明を確定的にしたのである。
エンゼルスにはこのころからスーパースターは大谷君しかいなかった(大型契約の方々はけがで離脱がばかりだった)ので自分のみで投打に孤軍奮闘大谷さんだけ投打に大活躍していたのにエンゼルスは負けるというジレンマに陥っていた。
これを「大谷さんは7回2失点の好投でHRを打ちました、なおエンゼルスは負けました」を省略して「なおエ」という造語も皮肉交じりに言われるようになった。 たまに「なおド」も聞くようになったけど、大谷君大人気だわ。
大谷氏の挑戦はまだ終わらなかった。
野球を志す者はワールドシリーズチャンピオンを目指すものである。
7年目で大谷君はエンゼルスは好きなものの、ここではポストシーズンを戦えないと判断してアメリカンリーグホームラン王という看板を掲げてLAD(ロサンゼルスドジャース)に移籍。10年1000億円ほぼ後払いという途方もない金額でLADと契約を結んだ。
今年の初年度はトミージョン手術のリハビリ中で投手としてお休みの年、DHとして打席に立つことになった。 打席に専念したためMLB選手として前人未到の記録を次々と打ち立てることになってしまった。
そして今年は大谷君の活躍で希望通りポストシーズンに突入。
地区ディビジョンでSDP(サンディエゴパドレス)を破り、現在NYM(ニューヨークメッツ)と激突中、
ここを勝ち切ってリーグ優勝して。 次の目標ワールドシリーズへと、山本由伸と共に駒を進めていただきたいものである。本当に応援している。
リーグチャンピオンに勝ち上がれば、ワールドシリーズではNYY(ニューヨークヤンキース)かCLE(クリープランドガーディアンズ)と対戦が予定されています。
今年2024年は本当に大谷翔平選手から目が離せない。 負けず嫌い王ワールドチャンピオンになる! ひそかに期待させてもらってます。
がんばれ!大谷翔平!
大谷翔平って誰?
大谷翔平(おおたに しょうへい)選手は、1994年7月5日に岩手県水沢市(現在の奥州市)で生まれました。身長193cm、体重95kgの大型選手です。
小学生時代からの野球少年
大谷選手は小学1年生のときから野球を始めました。お父さんの影響で野球を好きになり、毎日練習に励んでいたそうです。
中学・高校時代の活躍
中学生の時には、すでに150km/hを超える速球を投げられるようになっていました。これは、プロ野球選手レベルのスピードです!
高校は、岩手県の花巻東高校に進学しました。ここで、投手としても打者としても大活躍。甲子園にも出場し、注目を集めました。
プロ野球デビュー:日本ハムファイターズ時代
ドラフト1位指名
2012年、大谷選手は日本のプロ野球球団、北海道日本ハムファイターズにドラフト1位で指名されました。ここで大谷選手は大きな決断をします。メジャーリーグ(アメリカのプロ野球)からのオファーを断り、日本でプレーすることを選んだのです。
日本プロ野球での活躍
日本ハムでの7年間、大谷選手は投手と打者の両方で素晴らしい成績を残しました。
- 投手としての最高成績:15勝5敗、防御率1.86(2015年)
- 打者としての最高成績:打率.322、22本塁打(2016年)
この「二刀流」の活躍は、日本中で大きな話題となりました。
メジャーリーグへの挑戦:ロサンゼルス・エンゼルス時代
メジャーリーグデビュー
2018年、大谷選手はついにメジャーリーグへ挑戦します。ロサンゼルス・エンゼルスと契約を結び、アメリカでの野球人生がスタートしました。
驚異の二刀流
メジャーリーグでも、大谷選手は投手と打者の両方で活躍し続けます。これは、ベーブ・ルース以来、約100年ぶりの快挙でした!
記録と賞の数々
- 2021年:アメリカン・リーグ最優秀選手(MVP)獲得
- 2021年:オールスターゲームで投手と打者の両方で出場
- 2023年:ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表として優勝に貢献
大谷翔平の魅力
二刀流の実力
大谷選手の最大の魅力は、やはり「二刀流」です。投手として160km/h以上の速球を投げ、打者として驚異的なパワーでホームランを量産する。この両方ができる選手は、現代野球ではほとんどいません。
ひたむきな姿勢
大谷選手は、常に向上心を持ち続けています。試合後のインタビューでは、良い結果が出ても「まだまだ改善点がある」と話すことが多いです。この謙虚さと努力する姿勢が、多くのファンを魅了しています。
人柄の良さ
試合以外でも、大谷選手の人柄の良さは有名です。チームメイトや対戦相手、ファンに対して常に礼儀正しく接する姿が印象的です。
大谷翔平が野球界に与えた影響
「二刀流」の再評価
大谷選手の活躍により、投手と打者を両立する「二刀流」が再び注目されるようになりました。多くの若い選手たちが、大谷選手をお手本に二刀流に挑戦しています。
ルール改正
メジャーリーグでは、大谷選手のような二刀流選手が不利にならないよう、ルール改正まで行われました。これは「大谷ルール」とも呼ばれています。
日本人選手の評価向上
大谷選手の活躍は、メジャーリーグでの日本人選手の評価を大きく高めました。これにより、より多くの日本人選手がメジャーリーグに挑戦する機会が増えています。
大谷翔平の今後
さらなる記録への挑戦
大谷選手は、まだ20代後半です。野球選手としてはこれからが本当の勝負どころ。今後も新しい記録に挑戦し続けることでしょう。
世界中のファンの期待
大谷選手の活躍は、日本だけでなく世界中で注目されています。彼の試合がある日は、スタジアムが満員になることも珍しくありません。
野球界のさらなる発展へ
大谷選手の存在は、野球というスポーツ自体を変える可能性を秘めています。彼の活躍が、野球をより魅力的なスポーツにしていくことが期待されています。
まとめ
大谷翔平選手は、現代野球界最高の選手の一人です。投手としても打者としても一流の実力を持ち、その活躍は野球の歴史を塗り替えつつあります。
彼の謙虚な人柄と努力する姿勢は、野球ファンだけでなく多くの人々に勇気と希望を与えています。
大谷選手の今後の活躍に、世界中が注目し続けることでしょう。彼の挑戦は、野球の未来を切り開いていくはずです。
皆さんも、大谷翔平選手の活躍を一緒に応援しましょう!